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A.C.P.C.提携講座 ライブ・エンタテインメント論
ゲスト講師リレーインタビュー (東京工科大学)season 4

吉田雄生さん
Interviewee

REC.003 吉田雄生さん

株式会社ワタナベエンターテインメント 取締役 第二マネージメント本部 兼 関西事業本部担当

プロフィールの詳細


CHAPTER.1
学生時代は年間200本の映画を観ていた

― 講義での学生たちの印象をお聞かせください。

吉田雄生さん(以下吉田と敬称略):熱心に聞いていた学生たちがほとんどで、教壇(ステージ)に立っていても学生たちの熱が伝わって来ましたね。

― ご自身が学生時代、どんなことに興味を持たれていたのか教えてください。

吉田:僕は、本当にエンタテインメントが好きだったので、映画を年に200本ぐらい観て、レコードもあらゆるロックを聴いて、本は死ぬほど読んでいました。当時、東京の石神井公園の近くに住んでいたので、高田馬場パール座や早稲田松竹などの名画座(※1)によく通って、一日中そこにいて昔のATG(※2)、ジャン=リュック・ゴダールとかビリー・ワイルダーとか、その監督の映画をとにかく観てメモしていたんです。感想ではなくて構造を。例えば、主人公、恋人、敵役がいて、殺人が起きてそこに探偵が来て、といった感じで物語の構造にはいくつかパターンがあるんです。その映画がどのパターンを踏襲して、どういう構成で作っているのかなどを研究していましたね。そんな中で、よくできた映画は構成がしっかりしているということを学びました。僕の映画の見方は、1回目は何も考えずに観る。するとつまらなかったり面白かったりするから、そこで面白かったものをもう1回観るんです。そして、その構成を研究する、そんな感じでした。
(※1名画座:旧作映画を専門に上映する映画館)
(※2 ATG:日本アート・シアター・ギルド。1961年〜1980年代に活動した日本の映画会社で、非商業主義的な芸術作品を製作・配給し、日本の映画史に影響を与えている)

― 音楽はいかがでしたか?

吉田:高田馬場の古いレコード店によく通っていました。アナログの時代でしたから、とにかくロックというものは全部聴いて、その中でロック・ミュージシャンたちの人間関係とかストーリーが書かれた本を読んでいました。それこそピンク・フロイドはどういう人間関係でどうなったか、プロデューサーは誰だったか、僕はそういうことを調べるのが好きなんです。そのレコード店は音楽の本ばかり扱う本屋が隣接していて、それから神保町の古本屋へも行ったり、だから大学の勉強をする暇がなかった(笑)。

― これまで吉田さんが大きな影響を受けたのは、どのような方々ですか?

吉田:僕の師匠は倉本聰先生です。姉(脚本家の吉田紀子さん)が倉本先生の富良野塾の二期生で、僕も書くことが好きだったのでシナリオというものを学び、倉本先生には大変お世話になりました。でも、どうも書く仕事には向いていなかったみたいで、プロデュースの道を選びました。

― 当時、就職についてどのように考えていらっしゃったのか教えてください。

吉田:絶対にエンタテインメントに関わる仕事に就職しようと考えていましたが、父親が銀行員で、経済学部だったのもあって銀行や証券会社に行かせたかったと思うんですが、ぎりぎりメディアだったらいいということで、放送局を選びました。なぜ映画会社やテレビ局を受けなかったのかなとも思うんですけど、あまりそちらに行くつもりはなかったんでしょうね。ニッポン放送の採用時期が一番早くて、受けたら採用になったので、他の会社の就職活動はしていないんです。

― 好きな仕事に就くために、どのようにトライしていったか教えてください。

吉田:あまり参考にならなくて申し訳ないのですが、今でいう就活みたいなことは何もしていなかったですね。

― とはいえ、年間200本の映画を観て物語の構造を研究し、また、ロックのレコードを聴いて、たくさんの本を読んでおられたことだけでも、学生にはとても参考になると思います。

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